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| . | ■ | ◇ゲームフリークについて ― 「ポケットモンスター」を生み出した会社について紹介 ○ゲームフリークとはなんぞや? 文字通りゲーム(game)のフリーク(freak)。 辞書的に訳すと「ゲーム狂」ですね。 まあ、まさしく「ゲーム狂の集団(?)」と呼ぶにふさわしいわけですが…。 ゲームフリークとは『ポケットモンスター(ポケモン)』を生み出した会社です。 取締役社長は田尻智氏。 もはや「ポケモン」を知らないという人はほぼいないとは思いますが、 ポケモンをやっている人でもゲームフリークについてを知っている人は かなり少ないものと思われます。 そこで今回その「ゲームフリーク」について少しでも知ってもらおうということで、 私が知る限りをここでお話しましょう。 ○ゲームフリークの起源とは ゲームフリークの起源。 それは、田尻智というゲーム少年が生み出した一冊のゲームに関する同人誌でした。 (念のために言っておきますが、現在我々のもつ「同人誌」のイメージとは遠くかけ離れたものです) その同人誌の名前は「ゲームフリーク」。 現在、「ファミ通」、「電撃〜」のようなゲーム誌は 1つの市場を形成するぐらいにまで繁栄していて、 攻略本の出ないゲームはほぼ皆無といえるべき状態になっています。 このようなテレビゲーム専門誌が世に登場する前に、 田尻少年はその基礎構築をしてしまっていたのでした。 見た目は、コピーをホッチキスで綴じた運動会のパンフレットのような、 ごく質素なものでした。 そのVol.1の内容を見てみますと、ゲームに関する評論、タイトー社TVゲーム目録、 ゲームのバグ紹介などがかなり細かな手書きの文字で書かれています。 さらに、次回予告には「ミンキーモモ」のイラストが描かれていたりしています。 まさしくこのような部分からオタク第1世代の文化を垣間見ることもできるのですが・・・。 この「ゲームフリークVol.1」の内容は『田尻智 ポケモンを創った男(太田出版)』に 詳しく載っているので、そちらをご参照頂けたらと思います。 ○ゲームフリークのこれまで そして、この「ゲームフリーク」が日本中にコアなファンを持つようになり、 同人誌製作メンバーが集結することになります。 そのうちの一人が杉森健。 現在のポケモンのイラストレーターの中心人物です。 ポケモンのゲームのパッケージのイラストも彼が描いています。 このようにして、ゲームマニアが彼のところに集まり、 ある1つのゲームを製作し始めます。 そのゲームが『クインティ』。 なんと自らでファミコンを解析、秋葉原で開発機材の部品を調達し、 完全なる自作の製作環境で製作されました。 5年もの時間をかけ、完成品をナムコに持ち込みます。 そして、見事20万本というヒットになりました。 このゲームはゲームにおける全く新しいアクションである 「めくる」という概念に注目し、田尻氏本人が敬愛する映画監督の ジョン・ウォーターズの作品からインスパイアされたというキャラクター造型、 緻密に設定された難易度設定の絶妙さなど、 まさしくゲームフリークの原点といえる作品となっています。 その後、1989年に同人誌ゲームフリークは 「株式会社ゲームフリーク」という会社に変化します。 その1年後『ポケモン』の企画をエイプに提出。 『ヨッシーのたまご』、『マリオとワリオ』など他のゲームとは 一味違うゲームをリリースし、そして6年後に『ポケモン』が発売となります。 ポケモンは爆発的なヒットとなり、アニメ、カード、映画など 様々なメディアに展開することになるのです。 ○そして、ゲームフリークのこれから 現在、ゲームフリークはポケットモンスターの最新作、 DS版『ダイヤモンド・パール』を製作しています。 (※当文献執筆の2005年当時) 私の考えとしてはこうです。 ゲームフリークは“ポケモン”という人気キャラクターを生み出してしまいました。 今後は“ポケモン”を守っていくことが彼らの大きな仕事となるのではないだろうか、と。 これだけの人気キャラクターを生み出してしまうと、それだけ責任も重くなります。 なぜなら「世界のポケモン」は彼らによって動かされているのですから・・・。
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